最新サッカーニュース サッカー動画サイト

    カテゴリ: 中島翔哉

    1065

    1: Egg ★
    MF中島翔哉にポルト退団の可能性が浮上している。23日、ポルトガル『A BOLA』が伝えている。

     昨夏にアル・ドゥハイルから“背番号10”としてポルトに加入した中島。公式戦28試合に出場し、1ゴール3アシストを記録していたが、新型コロナウイルスによる中断期間明け以降は、家族の安全を考慮して練習を見送っていた。6月にリーグ再開も自宅トレーニングを続け、7月以降は別メニュー。再開以降は出場機会を得られていなかった。

     20日の試合後に行われたリーグ優勝セレモニーにも不参加でメダルの授与もされず、イケル・カシージャスの送別会にも欠席という報道も。セルジオ・コンセイソン監督も中島不在について言及を避けていた。

     同メディアによると、ポルトは“背番号10”を獲得するに至った移籍金1165万ユーロ(約14億4000万円)の回収を検討。「指揮官は来シーズンの構想に彼を入れることはないだろう」と伝えている。

    GOAL
    https://news.yahoo.co.jp/articles/477af1adb5d83c5befc12ac0113ad2799075bd0c
    【<MF中島翔哉>ポルト退団の可能性が浮上!「指揮官は来シーズンの構想に彼を入れることはないだろう」】の続きを読む

    964

    1: Egg ★
    ポルトのセルジオ・コンセイソン監督が中島翔哉の状況について言及した。

    新型コロナウイルスの影響により中断したポルトガルのプリメイラ・リーガは3日に再開。しかし、中島は体調不良の妻を看病するために自宅での個人トレーニング継続を選んだことで、5月からチームトレーニングを欠席する。

    3日の再開初戦ファマリカン戦前にコンセイソン監督は、日本代表MFがチームとトレーニングを行えておらず、メンバー外になることを明言。さらに、ポルトガル『A Bola』は、同指揮官が中島の決断を快く思っていないと報じ、さらに去就問題に発展する可能性を伝えていた。

    そして、マリティモ戦前日の9日、コンセイソン監督はプレスカンファレンスを行い、無観客でのホームゲームに向けて語った後、離脱の続く日本代表MFについて「ナカジマに関しては、先週もしゃべったが、もう一度強調する。これはクラブ首脳陣の問題であり、チームの問題ではない。今、私はチームについて話しているんだ」と言及するに留めた。

    なお、『A Bola』は、中島の代理人を務めるテオドロス・リュウキ氏が現状を精査するためにポルトガルに渡り、同選手と面会し、打開案を検討すると報じている。

    6/10(水) 5:59 GOAL
    https://news.yahoo.co.jp/articles/5008c89de75c789e872ab1fbe60643dfc864cb15

    写真
    no title

    【<ポルトのセルジオ・コンセイソン監督>自宅練習続く中島翔哉について「チームではなく、クラブ首脳陣の問題」】の続きを読む

    643

    タッサ・デ・ポルトガル(ポルトガルカップ)の準決勝1stレグが現地4日に行われ、ポルトは2部のアカデミカ・ビゼウと1-1で引き分けた。屈辱的な結果の一方で、ポルトの中島翔哉が約3週間ぶりに負傷から復帰して躍動感あるプレーを披露した。4日後に控えるベンフィカ戦に向けて、中島は確実にパフォーマンスを上げている。(文:舩木渉)

    ●直前まで出場が危ぶまれたが…

     中島翔哉が公式戦のピッチに戻ってきた。現地4日に開催されたタッサ・デ・ポルトガル(ポルトガルカップ)の準決勝1stレグ、アカデミカ・ビゼウ戦の64分、ポルトはFWルイス・ディアスとの交代で背番号10を投入した。

     プレーしたのはアディショナルタイムを加味しても約30分間だったが、中島にとっては大きな一歩だ。先月10日に行われたポルトガル1部リーグ第16節のモレイレンセ戦で負傷すると、約3週間にわたって離脱し、公式戦6試合の欠場を強いられた。

     ビゼウ戦でも直前まで出場が危ぶまれた。ポルトを率いるセルジオ・コンセイソン監督は前日記者会見で「中島は改善を示した」と明かしたが、クラブ公式サイトの練習レポートを参照すると前々日練習はコンディション調整とジムワークのみ、前日練習でようやくチームに合流してコンディション調整メニューをこなしたようだった。

     そんな状況で中島は、アウェイで行われるビゼウ戦1stレグの遠征メンバー22人に含まれた。試合直前に4人がベンチ外になる構成だが、8日に予定されているベンフィカとの大一番に向けて温存を図る中で背番号10は18人の出場登録メンバーに残った。

     キックオフの笛が鳴ると、ジャイアントキリングを狙う相手が襲いかかってきた。2部のビゼウにとってポルトを前にしたら失うものはない。開始20分頃まで、FWジョアン・マリオを中心に勢いよく攻め込む。だが、ポルトも簡単には崩れない。

     徐々に流れはポルトに傾き、前半終了時にはスコアこそ0-0だが、ボール支配率はおおよそ7:3で大きな差ができていた。後半に入っても流れは変わらず、ポルトが主導権を握ったまま先制点を奪う。59分、MFビトール・フェレイラが右サイドでボールを奪うと、そのままドリブルで前線まで運びスルーパス。完璧なお膳立てに抜け出したFWゼ・ルイスが、1対1になったGKの動きを冷静に見極めてシュートを流し込んだ。

    ●ゴールに迫った“らしい”一発

     1点リードした状態で、中島は64分から左サイドに入った。66分には中盤まで下がってボールを受けると、顔を上げてすぐさま右サイドで走り出していたDFレンゾ・サラビアへロングパスを通す。その流れでゴール前まで上がり、クロスに対してバイシクルシュートも試みた。久々の公式戦出場でも、再負傷のリスクを恐れることなく落ち着いて、視野を広く持ちながらプレーできていた。

     69分には、相手のバックパスに対してスプリントをかけてプレッシャーをかけ、GKのミスを誘発している。この時、中島はGKがリターンパスを選べないようコースを限定しながら寄せることができていた。今季、地道に培ってきた守備面での判断や感覚も失われていない。

     最もゴールに迫ったのは77分だった。自陣からのカウンターの流れで、MFママドゥ・ルームからの縦パスを受けたFWチキーニョ・ソアレスが、左サイドに走った中島へ展開する。さらにアウトサイドをオーバーラップしてきたDFウィルソン・マナファのサポートも受けながら、中島は自らドリブルでカットインしてペナルティエリア内まで侵入して右足を振り抜いた。

     背番号10が放った強烈なシュートはゴールの枠を捉えていたものの、相手GKのファインセーブに遭って追加点には結びつかず。結局、70分に喫した痛恨の失点が響いて2部のビゼウ相手に1-1のドローに終わった。

     この失点の場面、中島は守備対応で後手を踏んだ。自陣左サイドで相手DFルイ・シウバが後方にパスを出し、そのまま斜めにゴール方向へと走り込んでいった。押し込まれていた中島は、ルイ・シウバのマークを自分の背後にいたマナファに受け渡そうと腕の動きも入れて指示するが、そこでボールホルダーの相手MFジンバブエへの寄せが一瞬遅れ、フリーでクロスを上げられてしまった。最後はジョアン・マリオのヘディングシュートが、GKジオゴ・コスタの守るゴールを破った。

    ●ベンフィカ戦で完全復活した姿を

     中島は3週間ぶりの復帰とは思えないほど、軽快な動きを見せた。終盤にはトップ下に入ってチャンスを演出するなど、攻撃面では相変わらずの個人能力の高さを示していた。一方で、周囲との連係やコンビネーションの感覚などは改めて擦り合わせていく必要があるだろう。

     ホーム&アウェイ制のカップ戦は、どうしてもリーグ戦とは違う戦い方になり、どんなチームにとっても難しい。2部クラブ相手にポルトが引き分けてもいいのかというプライドの問題もある。とはいえ2ndレグがホームであることを考えれば、1-1でもポルトが有利な立場にいることは間違いない。

     終盤にMFヘスス・コロナがペナルティエリア内で相手に倒された場面でPKが与えられず、VARの介入によるレビューも行われなかったことに対し、コンセイソン監督はご立腹だった。納得のいかない結果や判定があったとしても、とにかく今は次の試合に向けて切り替えるべきだ。

     何と言っても、8日には国内の覇権争いにおける最大のライバル・ベンフィカとの大一番が控えている。現時点では首位のベンフィカから勝ち点7差でポルトが2位につけているが、直接対決の結果しだいでは優勝への望みがつながる。残り14試合で勝ち点4差という状況まで詰めることができるのだ。

     前回対戦時はポルトがアウェイで2-0の勝利を収めた。この時、中島は夫人の出産に立ち会うため日本に帰国中で、試合には出場していなかった。今季最大のビッグマッチに負傷が癒えて完全復帰を果たせたことは何よりの朗報だ。今度はビゼウ戦で温存された万全の状態の主力メンバーとともにベンフィカと戦うことができる。宿敵からのリーグ戦初ゴールにも大いに期待したい。

    3:05~

    引用元:https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200205-00010003-footballc-socc 

    493
    中島が豪雨による劣悪なピッチ状況で移籍後初ゴールを記録「背番号10の責務を果たした」
    ポルトの日本代表MF中島翔哉は現地時間19日、ポルトガル杯5回戦のサンタ・クララ戦に先発出場し、決勝ゴールを奪う活躍で1-0の勝利に貢献した。待望の移籍後初ゴールに海外メディアは「中島が洪水の中で解決策を見出した」と、豪雨による劣悪なピッチ状況で結果を出したことに称賛の言葉を送っている。

    試合は豪雨による影響でピッチに水たまりが生じる劣悪な環境下で行われることになり、両チームともに思うような攻めが見せられない展開が続いたが、0-0で迎えた前半29分、右サイドからのグラウンダーのクロスに対し、中島が全身泥まみれになりながら体で押し込み、この試合の決勝ゴールを奪った。

    中島の待望の移籍後初ゴールに、海外メディアも反応。スペイン紙「マルカ」は「キラーパスに飛び込んだ日本人は、太ももでネットへと押し込み、この日唯一のゴールを生み出した」と取り上げると、ポルトガル紙「ゼロゼロ」は「中島が背番号10の責務を果たした」と称賛の言葉を送っている。

    また、ポルトガルメディア「Correio da Manha」は「中島が洪水の中で解決策を見出した」と見出しを打ち、土砂降りにより「サッカーが別のスポーツと化したが、ポルトのサポーターには笑顔を届けた」と厳しい状況下での試合を強いられるたなかでの貴重な勝利であったことを強調している。

    今夏に名門ポルトへ加入してから出番を勝ち取り切れず、難しい時期を過ごしていた中島だが、ようやく目に見える形の結果を手にし、正真正銘のスタートを切った。

    【動画】「洪水の中で解決策を見出した」 ポルトMF中島翔哉が“泥まみれの移籍後初ゴール”の瞬間



    引用元:https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191220-00235892-soccermzw-socc 

    447

    1: 砂漠のマスカレード ★
    1-4で大敗した先のベネズエラ戦。ピッチ上に両軍が交錯する姿をスタンドで俯瞰したとき、違和感として最も目に映ったのは中島翔哉のポジショニングだ。
    4-4-2的な4-2-3-1の3の左にいた時間は半分にも満たなかった。
    与えられた左のポジションを嫌うかのように真ん中に進出。
    そこで少々強引なドリブルを始める場合もあった。

    チーム内でコンセンサスが図られているなら話は別だ。
    中島が内に入ったとき、スッと入れ替わるように外に開く選手がいるなど、監督の指示に基づく連携プレーになっていたのなら構わない。
    しかし中島が動いて空になった左をカバーする選手は見当たらず、監督から指示が出ている様子は見られなかった。

    よって日本の左サイドはサイドバック、佐々木翔ひとりになる時間が多くを占めた。相手が日本の左サイドを突きやすい状態、つまり穴を、日本は自ら作り出していた。

    森保監督の対応は遅かった。中島が左から1トップ永井謙佑の下にポジションを変えたのは、ベネズエラに4点奪われた後半で、古橋享梧を右に投入したことで玉突きのように真ん中に移動した格好である。
    永井と中島が真ん中でコンビを組むサッカーも、お互いゴールを背にしてプレーすることを得意にしないタイプなので、問題といえば問題。いいコンビだと思わないが、それはともかくーー

    真ん中に入り込みたがる中島の癖は、以前から少なからず目に付いた。ここまで放置された状態にあったのだ。
    サイドでドリブルを仕掛けることと、真ん中でドリブルを仕掛けることと、どちらがリスキーか。一般のファンにも判る話だろう。

    こうした、よくいえば奔走な動きはかつて「自由度の高いプレー」と言ってもてはやされた。
    ジーコジャパン時代、メディアが好んで使ったフレーズだ。ジーコは何かと規律が多かったトルシエジャパンに批判的で、その次の代表監督に自らが就任すると、まず「自由」を謳った。
    その結果、ポジションに捕らわれないサッカーこそ自由なサッカーの証だとの雰囲気が形成されることになった。
    ブラジルサッカーの、ジーコが選手だった頃からの嗜好でもあるが、それは用いた布陣にも現れていた。

    中盤ボックス型の4-2-2-2。4人の中盤、特に攻撃的な2人(中田英寿、中村俊輔)が自由に動くことを肯定するサッカーだった。

    言い換えれば、サイドハーフやウイングがいないこのスタイルは、岡田ジャパンにも引き継がれることになった。
    その就任初戦、対チリ戦で岡田監督が採用したのは中盤ダイヤモンド型の4-4-2。
    中盤の4人が真ん中に固まる傾向は相変わらずだった。
    岡田ジャパンは、その後、世界的に主流となっていた4-2-3-1を採用することになったが、実態は表記とは異なる4-2-2-2の匂いが残る「自由度の高いサッカー」だった。
    3の右であるはずの中村俊は、中島のようにその多くの時間を真ん中にポジションを取り、ゲームメーカー然とプレーした。

    それが完全に是正されたのが2010年南アW杯本番だった。
    そこで披露した4-3-3は、まさに穴のない手堅い布陣だった。そのベスト16入りには必然があった。
    しかし岡田監督は、なぜ本番になって急に布陣やメンバーを変更したのかという問いには多くを語らなかった。

    その頃になると日本で4-2-2-2はすっかり消え、その本家であるブラジルでも衰退に向かっていた。
    サイドハーフあるいはウイングのいない4バックは極めて少数派になったわけだが、それはなぜなのか。
    その時代背景や理由を岡田監督のみならず、ほとんどの日本人監督が言及しなかった。
    こちらに対し、そのあたりのことを仔細に渡り雄弁に、教え魔のようにレクチャーしてくれた欧州の監督、指導者、あるいは評論家たちとの最大の違いでもあった。

    https://news.yahoo.co.jp/byline/sugiyamashigeki/20191128-00152749/
    11/28(木) 14:39

    【中島翔哉と香川真司に見る「自由度の高いサッカー」の幻影 与えられた左のポジションを嫌うかのように真ん中に進出 】の続きを読む

    このページのトップヘ